« 不定期更新 月刊Depok通信(12月分) | トップページ | 週刊マンガライレポートVol.123 »

2015年1月31日 (土)

週刊マンガライレポートVol.122

Dsc_0454_r
先週末のゲート前

更新が遅れまして申し訳ございません。なかなか時間が取れないところに、何かと確認作業も多く、ヘトヘトです。しかも、更新しよう!と思い立ったときに限って、ネットが死んでいるという。これだから雨季は嫌です・・・。

さて、もはや1ヶ月近く動きのないゲート前ですが、マト52が入場した模様です。中間予備車が移動しないと、中の様子が見えない・・・。


 

では先週の動き。既に出場試運転を終えている6125Fと7117Fですが、依然として7117Fは復旧せず。このまま離脱してしまうのか・・・。6125Fの方も、どうも調子がよろしくないようで、前日にBekasiからDepokに臨時回送されたとの情報があがっており、先週末も朝見た感じでは運用に入っていませんでした(結局気になって、Depokに行ってみた←後述)。が、夕方のSerpong線運用に充当され、Manggaraiまで回送されてきたではありませんか。

Csc_0775_r
雨は止んだものの、ドン曇・・・ せっかく検査明けのピカピカの姿なんですが。

以前、ゲート前で見えた通り、ナンバー,アンチクライマー及びライトソケットへの白の色差しなしです・・・。

Dsc_0779_r
車内。デフォルトになった感のあるビニールラッピング。

7117Fが運用入りしないことから、先週の動きはこんなもん。ですから、いっそのことお休みしてもいいのではと思っていたのですが、最新ニュース欄でお知らせしている通り、こんなネタが飛び込んできました。

Csc_0033_r
18日、Serpong線内で発生した架線トラブル当該だったメトロ6115F

まるで神の見えざる手のごとく、メトロ車ばかりが事故当該になるのか不思議でなりませんが、これもお決まりの車両差し替えが実施されました。幸運にも6113FがまだCikaum廃回に出されていなかったことから、架線接触で冷房及び電気系統を損傷した(またかよ・・・)6515を同型車である6513と交換しました。ある程度Cikaumに廃回しなければ、電車区の容量的にきついのかもしれませんが、やっぱり一部は予期せぬ事故に備えて、保管し解かないとマズイよなぁ・・・。もっとも、部品取りが著しくなっていますから、いずれにせよ部品取りの少ない6113Fに白羽の矢が立つことに変わりはないのかもしれませんが。

Dsc_0011_r
やっぱり改番されています

Dsc_0009_r
このように1両だけ2段窓車が組み込まれることになりました

まあ、組み換え、差し替えなんて日常茶飯事ですから、それだけの話なのですが、今回のネタはこちら↓↓

Dsc_0016_r
6415と6315の連結面

6415はキノコ貫通路に対し、6313は縮小工事が施工されているため、6315の幌受けを生かして、対応改造がなされています。改造と言うほどのものではないかもしれませんが・・・。元々、6313もキノコですので、特に大きな問題はないのでしょう。渡り板部の転落防止用の幌もしっかり設置されています。

Dsc_0019_r
拡大図

Dsc_0026_r
6313の車内 奇跡の復活です

大きな動きは以上になります。

あとは小ネタを少々。

Dsc_0604_r
H25に投石防護網がようやく設置されました

対向から特急列車が接近していたため、こんな画像で恐縮です。

Dsc_0339_r
今月末で検査切れの1060F、このまま廃車?

1080F,1090Fと立て続けに、全検入場し、再び第一線に帰ってきましたが、どうも1060Fはお先が怪しい感じです。走行距離的にも結構きているでしょうし、いつ離脱してもおかしくない状況です。

なお、1080Fはなんらかの不具合で、このところ運用から落ちており、さらに都営車の全車離脱、7117Fの運用開始遅れの影響で、103系が頻繁に運用入りしています。この週末はJAKK~KPBフィーダーに入っていましたので、せっかくなので1枚収めておきました。

Dsc_0517_r
コタのバラック街と、103系

残りは撮影備忘録を。

朝、6115FをBogorでつかまえて、本当はそのままSilak山バックに撮影を続けてもよかったのですが、画像の通り、この時期ではまだ面が陰ってしまい、アウト。ならばと、この時期ならまだ順光となるUIまで戻り、大学の森をバックに某踏切付近での撮影。雨季の中休みか、朝から青空が広がり、前日までの雨のおかげで、清々しい天気でしたので、せっかくの晴れ間を逃す手はなく、ひたすら撮影に励みました。全形式来れば、それを上げればよかったのですが、さすがに7000等少数派形式は来なかったため、個人的なチョイスであげておきます。

Csc_0075_r
久々にハエ13

Dsc_0243_r
特に・・・ですがハエ20。例のブツが設置されましたので↓↓

Dsc_0672_r
ハエ20も車内ディスプレイと防犯カメラを設置。ハエ1,18と異なり、中身もセッティングされています。

Dsc_0042_r
H1、なぜかプレートが裏向き・・・

Dsc_0202_r
最近存在感の薄い203系、マト69

Dsc_0264_r
純正二段窓、6105F。6000系未塗装編成も少なくなってきましたね。

Dsc_0256_r
05-102F。なんだかんだで、05系もジャカルタ入りし、まもなく5年。板に付いてきたか。

Dsc_0114_r
久々のサービス幕、押上行きの8610F

Dsc_0185_r
1091Fを1090側から。確かに貫通路が5016のものになっています。

要するに5016Fの復帰は絶望的ってことね。

Dsc_0318_r
6115Fも戻ってきたのですが、雲がぼちぼち広がってきました・・・

上の1060Fも同じくでした・・・

というわけでこの辺で撤収し、Depokを経由しつつ、コタに103を狙いに向かった次第。
その後、そのまま撤収してもよかったのですが、6125Fが夕方出てくるのではないかという期待を抱き、時間つぶしがてら、ちょうどやってきたBekasi行きに乗り込み、定番のBuaranに行ってみました。

が、コタを出るときにはそこそこ晴れていたのにもかかわらず、着いてみると鉛のような雲がべっとりと空に張り付いており、撮影はほぼ不能。すぐに雨も降りだすでしょう。

Dsc_0582_r
とりあえず、駅舎

改札脇の生活道路も跡形なく消え去っていました

Dsc_0584_r
Bekasi側はすぐそこまで線増部が迫っています

なんとか雨が降り出す前に行けるだろうと、とりあえずいつもの遺跡モニュメント近くに行ってみることに。

Dsc_0636_r
せっかくなので、通常は逆光側から撮影。平城宮跡で近鉄電車を撮る気分?

いよいよパラパラきだして、この1枚だけ撮って駅に避難。さきほどのH25もこのときに撮りました。

Csc_0661_r
土砂降りのBuaran駅に進入するH28

曲りなりにも、この通りH28が撮れたので満足です(単純;;)。Manggarai戻って6125Fを撮影し、完全撤収です。

そんなこんなで、お待たせいたしました。どうも内容が薄いので、ネタが少ないうちにあげておきます。先日、12月分を上げたばかりですが、不定期更新Depok通信1月分と行きましょう。動きが激しいようで。

Dsc_0369_r
まずは第一の橋から。

基本的に休車車両群はメトロ車がCikaumに送られたぐらいで、大きな動きはありませんが、6181F8連がこの日の予備編成と共に、東側エリアに移動していました。それらの要因から容易に都営の車番が確認できたのは好都合でした。

で、6181Fはというと↓↓

Dsc_0347_r
ホント証拠画像にしかなりませんが・・・

なんと、さらにその横には離脱していた元フィーダ用の6161Fがいるではありませんか!!。しかも留置位置から見て、8連化!?

Dsc_0386_r_2
広告車になっているのが元6315。広告主は怒らないのだろうか。

Dsc_0396_r
ハエ31とハエ24

その他、この位置から確認出来ることとしては、6113Fに差し替えた6315が組み込まれたこと、ハエ24が休車エリアにいることがわかりました(ディスプレイ設置他のために一時離脱??)。また、ハエ31のスカートがこちら側も撤去されていました。前回は反対側だけだったと思います・・・。

では、6161Fの真相をさぐるべく、第二の橋へ。

Dsc_0401_r
やはり8連になっています。しかも2編成ともパン上げ中。

そして、6125Fがピットから出てきましたね;;夕方出庫にはどれが出てくるのか??

また離脱しているEspas6177FはBogor電車区に移動しています。こちらも、まだ稼働可能な状態なようですが、EspasとLohanは共に1月30日で検査切れです。

Dsc_0414_r
第二の橋から非稼働車エリア全景

左から1080F,Lohan6227F,KFW,ハエ24,ハエ31,KFW,KFW,8007F,6271F(‐6128)

検査出場ホヤホヤの1080Fがさっそく離脱しているのですが、冷房不具合か何かでしょうか。出場直後から調子悪かったからねぇ。ハエ24は同上。8007Fも現時点では動きなし、ですね。

Dsc_0433_r
最後にピット側

改造線に8611Fと8604F(Lakitanの後)らしき編成が入っています。またハエ編成(編成番号不明)が車輪削正に入っていました。8604Fは必然的に短くなっているわけですが、建屋内に東急の中間車の姿が見えましたので、なんらかの作業を行っているように見えます。今後が楽しみですね。

Dsc_0451_r
7117Fは倉に入って、動きなし・・・。

しかし都営及び東急車の今後の処遇に関する情報は錯綜しています。担当者によって言うことがマチマチで、収拾がつきません。

とりあえず、見えてきたのは、KCJ本社の意向としては早急にKAI所属車の運行を停止したいということ。目処としては今年の4月とかなんとかで、4月になれば南武編成が来るだろうなんて寝ぼけたことを言っている始末。というか、KAIもKAIで、いい加減、電車区間の利権を手放せよという話・・・。2014年1月1日から、上モノは全てKCJに譲渡しているはずなのに、何故電車だけを手放さない?そしてKCJの言い分としては、なんで他社の車のお守りまでしなければならねぇんだってところではないでしょうか。しっかし、典型的な縦割り行政のお役人の言うことで、毎度ながら呆れさせられます。いずれにせよ、都営・東急のお先は長くないと言うことで、早めの記録をオススメします。

現場に聞いても、今回8連化になった6161F含め、廃車派と、とりあえず予備で残す派で言い分が異なり、なんとも言えません。さすがに現場では4月に廃車するのは無理だと思っているのでしょうけど。

なお、先ほど書いたとおり、6177F,6227Fが1月30日で検査切れ。残るか稼働可能性のある編成では6161Fが11月30日、6181Fが12 月31日で、いずれにせよ、都営の活躍は今年いっぱいになる公算は高いでしょう(現時点で1本も動いていないわけですが)。さすがに東急車はあと1回検査通さないと、回らないと思いますけど、故障したらそこ まででしょうね。8604F,8007Fあたりは今後改修の予定もある模様で、Thermorailに換装とかいう話ですが、廃車の都営から移植するなん てのも、あるのかもしれません。

最後に重要なお知らせ

Dsc_0049_r
疑惑が浮上したハエ30。乗ったらじっくり観察する必要性がありそうです。

Dsc_0631
在りし日のハエ31。運輸省ナンバリングの存在を忘れていました。

これまでもいくつかハエ30とハエ31の編成間差し替えについて、コメント、ご指摘を頂いておりますが、再度考えた結果、どうやら現在運行しているハエ30のモハ車はハエ31からそのまま転用されているのではないかという結論に至りました。思えば、ハエ31には運輸省ナンバリングが振られていたわけで、前回のDepok通信をご参照していただけたらと思いますが、謎フォントになっているハエ31のモハから運輸省ナンバリングが消えているのです。しかも消した跡もない。となれば、やはりハエ30の修復は最小限に留め、ごっそりモハ車ごと入れ替えたということなのではないでしょうか。モハだけフォントが異なるというのも、それで納得が出来るわけですし。

もちろん、ハエ31は6扉込み(既に離脱済ですが)、ハエ30はオール4扉ですので、サハ車は復活させ、わざわざご丁寧に先頭車もオリジナルのものを使っているわけです。単純にハエ31にハエ30の中間車だけぶち込んで(サハ204-23は修復不能のため)、10連を組めばいいではないかと思われるかもしれませんが、KCJとしては10連を増やしたいのではなく、ハエ30が運用入りしたという事実が欲しいだけなのです。本当にしようもない理由です。

これまでの誤報をお詫び申し上げます。またご教示いただいた皆様、ありがとうございます。

|

« 不定期更新 月刊Depok通信(12月分) | トップページ | 週刊マンガライレポートVol.123 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。1月28日に大学の学年末試験が終わり、29日から春休みに入りました。結果はまだ分からず、単位を何か落としてない事を祈るばかりですが、これから2ヶ月間の間、今まで以上に此方を訪問する機会も増える事と思います。春休みに入ったのもつかの間、昨日関東では今シーズン初めての大雪に見舞われ、小生が住む地域も5センチ程度の積雪がありました。幸いにも、試験が大雪の2日前に終わったのが幸いでしたが。

南武線ではかつて横浜線で活躍し、横浜線運用離脱第1号であり昨年3月に南武線ダイヤ改正増発での助っ人として半年間活躍したナハ17編成こと元H26編成が先日長野へ廃車回送され、横浜線時代の同僚たちとの海外での再会が叶うことなく大変残念に思います。ナハ17編成は元をたとれば京浜東北線で短期ながら活躍した数少ない編成でもあり、当時京浜東北線にいた仲間たちも現在日本では埼京線に奇跡的に残留したハエ28編成など残りわずかとなりました。

さて、KCJでも最近は都営車や東急車をはじめ既存車引退のニュースばかりで大変残念になるばかりですが、現在も奮闘する既存車両の中で特に銅製車でありながら少数譲渡された103系は、最も幸運な譲渡車だったのかもしれません。彼らは、小生が小4だった2004年に少数ながら武蔵野線からインドネシアにやって来ました。当時武蔵野線では元山手線205系転入で103系の廃車が進行しており、多くの仲間が解体されていく中、何とか生き延びる事が出来たのはJR西日本に譲渡された1本(既に廃車)とインドネシアに譲渡された数編成のみでした。彼らが譲渡された当時、日本とは気象条件が違うインドネシアで銅製車は大丈夫なのだろうか、元々老朽化が進んでいる車両を譲渡して大丈夫なのかなと子供なりに思ったものですが、よく10年間も耐え抜く事ができ、大変嬉しいばかりです。

そして、時がたち相次ぐ205系譲渡で残るインドネシア103系も僅かとなり、西日本や九州でも新型車両導入で103系風前の灯となってきましたが、6年前の仙石線を最後に103系全廃となった東日本エリア沿線民としては今後もノ声ウ西日本・九州・インドネシアの103系一族の1日も長い活躍を願いたいばかりです。最後に長々と長文失礼いたしました。

投稿: ハマ線沿線の民 | 2015年1月31日 (土) 08時21分

訂正

今後もノ声ウ→今後も残るです。誤文すみませんでした。

投稿: ハマ線沿線の民 | 2015年1月31日 (土) 09時08分

<ハマ線沿線の民様

ハエ17の廃車回送は残念ですね。小窓を譲渡するより、よほど良いと思うのですが、どういう基準で譲渡か否かを選定しているのかは未だ謎が多いところです。

私も当時、103系について、たがか16両だけ譲渡してどうするんだよという気分でしたが、まさかここまで生きながらえるとは思いませんでした。しかも今や色もKCJチックになり、上手いことカモフラージュして世の中渡っていますし・・・。

投稿: パクアン急行 | 2015年2月 1日 (日) 02時39分

生え抜き車ばかり廃車となり、海外譲渡対象の大部分が元山手線車両になったことに関しては、元山手線組の多くは一昨年春~昨年春にかけて検査を通しているのに対し、生え抜き車の多くが検査期限切れ間際になっているためだそうです。私も、山手線で長年酷使された編成より生え抜き車とナハ17編成を譲渡したほうがマシなんではないか、と思うばかりですが検査期限の都合上やむを得ないようです。

投稿: ハマ線沿線の民 | 2015年2月 1日 (日) 06時49分

いつもマンレポ楽しませてもらっています。

いや~Buaran付近の光景がガラリと変わりましたね~
10月に行った時にも複々線化工事は進んでましたが、
Buaran駅付近だけは長閑なローカルムードが残り好きでしたが、
無残にも更地に・・・

都営車運用離脱でまたもや103系登板はホントに上手いこと
生き延びていますね!
撮影にはフィーダー運用が効率良いですが、
やはり絵的に撮影するにも録音するにもスルポン線がいいですね!
でもコタの下町もいいな~ 次回課題に!

投稿: Mr115 | 2015年2月 1日 (日) 16時59分

<Mr115様

いつもありがとうございます。103系は最後の鋼製車ながら、ホント長生きしてますよ。都営が先に離脱するとは思ってもいませんでした;;検査切れまで、元気に走ってもらいたいものです。

投稿: パクアン急行 | 2015年2月 3日 (火) 00時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 不定期更新 月刊Depok通信(12月分) | トップページ | 週刊マンガライレポートVol.123 »