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2014年11月28日 (金)

週刊マンガライレポート2014SP①

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開かずの扉、BalaiyasaManggaraiが2013年1月以来の御開帳!!
おかげさまでJABODETABEK COMMUTERSNEWS 100万PV突破。早3年目に突入した当ブログですが、205系の投入以来、右肩上がりで日々のアクセス数が上昇しており、大宮に巣くうJR鉄の多さは伊達じゃない、と日々痛感している今日この頃です;;まあ、だからというわけではありませんが、今年は9月末の鉄道週間、第一事業部は全く鉄道イベントは開催されず・・・ガッカリ、なものですから、なんとか事務所のお姉さんを言いくるめて、許可証を発給してもらいました。(ほら、ボロが出ましたよ。PKDが駅で撮影してはいけないとほざくのと同様のレベルで、外人がBalaiyasaで撮影してはいけないなんてルールどこにも存在しないんじゃないか。)

そんなこんなで、丸々1年半越しのマンガライ工場に潜入。もっとも、最近は怪しい改造や、サプライズ新塗装なんてのも、めっきり少なくなってしまったわけで、内部に入ったからといって新鮮なのもがあるわけではないのですが、いよいよ始まってしまった譲渡車の廃車回送、そして今ちょうど小康状態になっているこのうちに、非稼働在籍車を総まとめしようと思います。取材からかれこれ2ヶ月近く経ってしまいましたが、多忙につき更新できませんでした。すみません。

では魅惑のバライヤサマンガライに突入。

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1080F向けの現地製熱交換装置を積載したDjokoTingkirに誘われ、いざ核心部へ

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こんなテキトーな積み方で良いのかよ!と突っ込みを入れつつ、工場内へ到着

というとは嘘でして、しっかり正門回って、セキュリティチェックを受けました;;

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まずお出迎えしてくれるのは運用落ちして久しいKRLIとHITACHI

こうしてみると兄弟車のごとく、前面デザインが似ていますね。
HITACHIは手前からKL3-97216,KL3-97215,KL3-97205,KL3-97222の編成で、最後まで運用に入っていたうちの1本ですね。KRLIは所謂TS1と呼ばれるKRLI-01B0105,KRLI-01B0206,KRLI-01B0207,KRLI-01B0108の編成です。今年の初頭までは運用入りしていましたが、検査期限を迎え、Ts2にバトンタッチする形で、Balaiyasa入場。見た感じ、入場したものの、検査は実施されなかったようですね。もはやINKAの保障期間も過ぎていると見え、今更返却も出来ず、果たしてこの先どうするのでしょうか?譲渡車ですら廃車が出る今や、出る幕無し、といっても初の冷房国産電車をみすみすPurwakartaに廃車に送るなんてことも、お上が許すはずなく、現場としては処理に手を焼いているのではないでしょうか。このままManggaraiの主として、朽ち果てて行くのでしょうか。

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ここの風景も一変しましたね

昨年まではHolecの墓場と化していた、通称Mangaraiの森。森の木自体も一部伐採されたのか、だいぶスッキリした印象に。しかし、Holecに変わり居座るのはメトロや203の部品取り中間車たち・・・。なんともやるせない気分になります・・・。なお、横浜線車両は一時的な留置で、通路を挟む関係上分割してあるだけで、ご心配なく。こちら、H12編成は既に運用入りしております。

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もう一方のKRLI TS2KRLI-01B0101,KRLI-01B0202,KRLI-01B0203,KRLI-01B0204

丸2年のブランクを経て、TS1の代わりに見事復活を果たしたTS2ですが、その活躍はわずか数ヶ月で、KFW TS8の凱旋を待っていましたと言わんばかりに運用落ち。せっかく検査通したのに、そこまで嫌う必要があるのか、と。KFWより信頼度が低いと言うのは、ちょっとね・・・。東芝製の下回りを履く車両だけに、残念な限りです。そして、2本同時に稼動しないと言う都市伝説は不動のものになりました。

都市伝説と言えば、ジャボタベックの七不思議、消えたHITACHIがなんとこんなところに!!Kucingさん、ついに見つけましたよ!!

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Hyundai改造のKRDEの増結車に転用ってのは考えすぎでした;;

車番の方は、電車研修庫脇の事故車放置線に鎮座している謎の3連HITACHIの片割れで、KL3-97223でした。かれこれ5年越しのもやもやが解消しました。

その他、森の住人たちを。

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05-107Fと1090F

Cilebutの事故以来、離脱している05-107Fは周知の通りで、もはやコメントも必要ないと思いますが、お隣の1090Fはご新規さんで、検査切れにより1080Fと共にほぼ同時期に入場。最悪のシナリオは部品を1080Fに譲り、こちらは廃車という展開ですが、今後検査に入る模様です。

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いずれCikaum送りになろう6726

インドネシアの地を走ったのは試運転時だけ・・・。悲しいですねぇ。この他にも多数の中間予備車の姿が確認出来ました。詳細は最後に。

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モハ202‐126,モハ203‐126

10連への夢が果てたメトロ車ですが、裏腹に中間予備車の一部再整備が行われた203系。既に123と117のユニットが復帰(しかし諸般の事情で10連運転は休止中・・・)し、同時に上記の126のユニットもBalaiyasaに回送されてきたわけなのですが、10連プロジェクトが止まってしまったのか、それともマト52の入場まで待つのかは不明ですが、特に変化はなく。

いよいよ電車検修棟が近くなり、冒頭のDjokoTingkirと再会(笑)

するとその隣には、今回の最大のお目当てかもしれない、Rheostaticの保存予定車両、KL3-76108,KL3-76111,KL3-76117,KL3-76114が!!もう少し撮りやすいところにいればベストだったのですが、仕方ありません。これがレストアされているところを見たかったのですが、まだ全く手付かずの状態。

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オール2扉の76108F

唯一76年製で統一されているこの編成を保存するというのは、KAI Heritage部門もなかなかやるなと思いますが、果たしてどのように保存するのでしょうか。おそらくGambirの駅前なんでしょうけど。既に線路は敷設済みですし。いつ、レストアが始まってもいい頃合なのですが。期待していますよ!!

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KAI Heritage所有のため部品取り禁止!の張り紙(何故か旧ロゴ・・・)

なお、この手前には縦列する形で、火災当該で、車端部を損傷したKL3-76110,KL3-76119が留置されていました。Purwakartaまで配給は出来そうな感じですが、訳あり車両は、このまま放置でしょうか。

さて、いよいよ電車検修棟へ。Balaiyasaも電車部門だけは一応KCJ管轄になっているようですが、微妙な感じでした。ちょうどこのときは05-104Fと1080Fが入場中。分解検査が入念に行われていました。

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2年に一度の全検だけはしっかり行われています。それだけが救いです。

2013年度の埼京分まではEkonomiの廃止でほぼ車両数は相殺されますから、なんとか検査サイクルは維持できるのでしょうけど、今後は一体どう対応するのかは気がかりです。

トラバーサーを挟み、奥の工場棟は基本的に客車エリアで特に用はないのですが、目ざとくその中に電車を発見!?

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05系の冷房とその向こうに?

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やはり居ますね、あの奥に・・・

この一角は、現在特に作業には使われていないようで、今後電車用に転用する計画もあるようです。そして、奥に進むと・・・。

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05-707でした

もはや忘れ去られたかの如く、ポツリと1両だけで馬に乗っていた05‐707・・・。やはり、何かしら05-107を復旧させようとした動きはあったのかもしれません。結局その後、それも頓挫し、その成れの果てがこれなのかもしれません。

引き返すため、トラバーサー側から森を眺めると事故車7121Fの7021側7両が止まっていました。

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被災した7121を除く7連

なお、最新ニュース欄でお知らせしており通り、先日これら7両はDepok電車区に移動しています。

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最近話題にも上がらなくなった6201F

そして以前はゲートから見える位置に顔を見せていた6201F、もはや復帰はありえないでしょう。となると、事故車を除いた、都営車の離脱第一号は6201Fということになりますね。それにしてもひっそりと消えてゆきました。他3両もこの付近の森の中に留置されていました。

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このときはまだ保存庫にいたBonBon 数日後にゲート近くに移動しました。

TanjungPriok線復旧と同時に走り出すといわれるBonBon。突如ふって湧いた観光列車運転の話、結局どうなったのやら。BonBonはあれ以来、2ヶ月間雨ざらしになっているわけですけど、大丈夫なの?

どんどん先を進みますよ。工場棟から試運転線へ。

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離脱して久しい6112F。メトロ車からの離脱第一号。

頻繁に工場内を移動している6112Fですが、実際動いているのは6112,6212の2両のようで、入場車の入れ替え時、緩急車の役目を果たしているようです。この後ろには05-104Fと1080Fがそれぞれ2両ずつ連結されていました。

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というわけで、裏側。入場待ちの1080F残り

そのまま試運転線をゲート方向に歩いて行くと、当時、到着したばかりの205系2本が停車中。

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まずはH14

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そしてH14と向き合うように止まっているのが

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H25。KATOから最新ロットで製品化されているのは確かこの編成です。

かつて、こんなところで現地に到着したばかりの編成に再会できたものなら、飛んで喜んでいたのに、純粋な心を心を失った今や、何も感じずで、スミマセン。この前Pasosoで撮ったなぁと。

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で、御なじみの謎の3連Hitachi。まあ今回、M車の相棒が見つかり何よりでした。

一応車番を。KL3-97208,KL3-97221,KL3-97206です。おそらくこれも、スカートが外れてるところを見ると、事故廃車扱いか何かなのでしょう。もう何年間この位置から動いていないやら・・・。そしてこの手前には損傷の大きい、都営中間車2両(6252,6155)、及び7121号が停車しています。生々しいので掲載は割愛します。MRI関係者が機嫌を損ねても大変ですし。

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H25をゲート側より

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2ヶ月前のゲート内;;

この頃はまだPurwakartaに送られる前のHolec,Hitachiの類いの姿(詳細はPurwakarta関連記事の廃回データをご覧下さい)を見ることが出来ました。今や、これらは全て廃車回送に出され、Purwakarta配給は一旦小康状態になっています。まあ次に送られるとしたら、残るメトロ5000中間車、そして103系でしょうか。

そして最後にピット線を見学して終了。

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当時、運用落ちしたばかりのサハ203‐1,2

差し替えの原因は、サハ203の冷房故障とのことで、当時は一応ピットに入れられ、検査をしているようにも見えましたが、その後何の音沙汰もなし。205系埼京編成も曲がりなりにも、ハエ30を除く全編成が投入され、10連は15本あることから、早急にマト51を10連に戻す必然性も失われてしまい、このまま運用から外れる公算が高いかもしれません・・・。

午後はDepok電車区へ向かいます。つづく。

◆譲渡車両休車一覧◆2014年9月末現在(9月以降に留置場所が変わった場合のみ最新情報を反映しています)
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表下段:留置場所

怒涛の東急・都営車離脱の嵐、直前の最終形態です。このタイミングで最終確認出来て良かったと思います。次に調査するときは様相がガラリと変わっていることでしょう。






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コメント

今回のレポートを見て、言葉が出ないほどショックを受けている私がいます。

日本からはるばる海を越えてまだ日が浅いメトロ車や203系やJALITAが無残な姿を晒している有様を見て、KCJ側が極めて車両を譲渡車・オリジナル車問わず使い捨て感覚で粗末に扱っている現状が今更ながら改めて分かる特集でした。KCJ側も今後は日本の鉄道会社を見習って、少しでも長く大切に車両を扱い、徹底的なメンテナンスを行うべきなのではと思います。

投稿: ハマ線沿線の民 | 2014年11月28日 (金) 15時05分

こんばんは。

KRLIは処遇に困りますねえ。電化区間用の事業用車にするならお誂え向きかもしれません。
DjokoTingkirがちょっと働き過ぎのように感じますし。

Hyundai改造のKRDEって4連2本が何故か5連2本になってたやつでしたっけ。
HITACHI改造でないとすると出処はどこなんでしょうね。


それと、他のコメントに対してコメントするのはお門違いかもしれませんが…

パクアン急行さんが問題としているのは、今後車両需給が切迫することが分かっていながら
既存の稼働車を安易に部品取りに供してしまうKCJの無計画さであり、
「物を大事に使う」というレベルの精神論ではないでしょう。
部品取り車の輸入まで批判していては、インドネシアに限らず中古車の導入自体成り立ちません。

先進国から途上国への支援において必要なのは、第一に途上国にとっての経済合理性であり、
それを無視して先進国の理想を押し付ければどうなるか、Gambir駅が雄弁に語っているように思います。

投稿: 丸太 | 2014年11月28日 (金) 19時41分

<ハマ線沿線の民様

まあ初めてこの光景を見たらそう思うのも無理ではないでしょう。しかし、中間2両を部品取りに回すのは昨日今日に始まった話ではありません。そもそも10連運転が始まったのなんて、ようやく今年の3月からなのですから、購入時点で2両は部品取り前提だったのかもしれません(何故10連で試運転だけするのかは不思議ですが)。逆に205系はJRのバックアップが付くからこそ、10連運転に踏み切れたのでしょうし、初めから部品取りが行われなかった東急車も始めのうちは予備品供給が実施されていたわけですし。当然私もメトロ車の10連復活を夢見ましたが、この状況を見るなり、諦めるしかないでしょう。

もっとも編成丸ごと潰すのはどうかと思いますが、これはメンテナンス云々とは別問題で、問題なのは日本から部品を調達出来ない、ないし調達しようとしないという官僚主義,イスラム原理主義的な本社の体質にあるわけで、丸太様がおっしゃている通り、安易な精神論で片付かないのが面倒なところなのです。電車は仕方ないので日本から買っていますが、ここの人の本音から言ったらそんなのは認めたくない。ミャンマーやフィリピンで日本語表記をあえて残しているのとは反対に全て消しているところを見れば一目瞭然です。ですから、自前で調達できるものは調達してなんとかするというのがここの人のスタンス、が、実際プライドが高いだけで何も出来やせず、この現状があることをご承知置き下さい。

コテコテの官僚、エリート気取り集団の国鉄改革が一朝一夕に出来るわけがありません。そう考えると非イスラムのジョーナン社長の功績は大きかったのだと思います。

投稿: パクアン急行 | 2014年11月29日 (土) 01時55分

<丸太様

そうですね、事業用車くらいが良い役回りかもしれませんね。併結8連で使用できないというのも痛いところですし、4連の使い道なんてもはやありませんから・・・。

さて、Hyundai改造のKRDEですが、仰るとおり何故かKRDE化されたときに1両増結されました。しかも、そのデザインがHITACHIそっくり。HITACHIもINKAでノックダウン生産していたはずですので、その図面を流用して新規製造したのでは・・・と思います。

部品取り車も仰るとおりであれは割り切るしかないですよね。まあ部品取りにするならするで、さっさと部品・台車等々は外して、屋内で保管すべきで、ドンガラはさっさと解体。それを、こういう野ざらしで荒廃させるから、余計な感情を生み出してしまうわけで・・・。

投稿: パクアン急行 | 2014年11月29日 (土) 02時05分

今日は 現地の鉄道情報を日本から何時も楽しく拝見しております。

中間車が部品取りとして集電装置、変圧器、制御装置、主電動機等の電装品が取り外されて行くのは、電車を動かす為には仕方無いと思います。しかし、編成単位で廃車にするのは勿体無いですね。

日本製電車の維持管理が出来ないなら、インドネシアが鋼製車体、抵抗制御、直流直巻電動機、家庭用冷房搭載の、製造維持管理に技術力を要しない電車を作れば良いと思います。その方がインドネシアの産業が活性化するでしょうし、維持管理がし易いでしょう。

投稿: いずみ中央 | 2014年11月29日 (土) 21時37分

<いずみ中央様

そうですね、とりあえず2015年度は160両調達の目処は付きましたが、果たしてその後の調達の可能性のほどは未知数ですので、ここで205系が大量入手出来たからといって、既存編成を安易に手放すというのは得策ではありません。まして、路線延長・本数増発を企んでいるというのなら。

といっても、今のINKAの生産能力から言って国産電車の製造は無理でしょう。年間たかだか数十両程度も作れないのでは焼け石に水です。諦めて、新車を買えという話です。

投稿: パクアン急行 | 2014年11月30日 (日) 01時49分

先日は詳細なご指南ありがとうございました。
南武205系調達の後も中古車購入が続くなら…必然的にKCJは日本のVVVF車輸入になりますね。
さて日本のファンには輸入車廃車や高く積み重ねたあのピラミッドに衝撃を受けた方もおられるようです。
高度成長期の日本だって空地にスクラップの車が積み上がっているのはザラでした。
今回の記事にある廃車体を拝見して何となくですが…昭和50年代の雰囲気を思い出しました。放置された茶色の旧型国電や客車やワムなど至るところにありました。
日本の側から見た他の方のコメントもありますが…無くなりつつなると珍しくなり何億もかけて動態復元して当時も知らないのにノスタルジーに浸り「なつかしの…」なんてやる日本の光景は…逆に成長期の国の方々から見たら奇妙に見えるのではないかと思いますが(^_^;)

投稿: あさぎり | 2014年11月30日 (日) 08時47分

<あさぎり様

まあそうでしょうね。今のジャカルタはちょうど日本の戦後の昭和といったところで、今まさに高度経済成長が始まろうとしているといったところでしょう。ですから、当時の日本がそうだったように、古いものは悪とみなされ、次々捨てられる。そして20年後、30年後文化的に成熟した頃に後悔するってセオリーでしょう。人間って、本当に単純な生き物だと思います。

投稿: パクアン急行 | 2014年12月 2日 (火) 01時16分

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