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2014年10月 5日 (日)

週刊マンガライレポートVol.107

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先々週末のゲート前

更新が遅れまして申し訳ございません。JALITA廃回後、“夜のお仕事”が立て込んでおりまして、流石に日中の業務に支障を来たすわけにも行かず、ブログの更新に回す時間がありませんでした。睡眠3時間の日々が続き、限界でした;;というわけで、遅れておりました、9月22日~28日分のマンガライレポートです。

まずはゲート前。05-105Fが通電状態で倉の中におり、まもなく出場といったところでした。先日、Depokから配給された台車は、その105Fの前に置かれたままです。右奥に見える205はH14ですね。

では、この激変の一週間の動きをどうぞ。

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ハマ線、ジャカルタデビュー!!

25日、横浜線第一陣編成のうち、H4が、さらに翌26日にはH6も運用開始しました。最新ニュース欄でお知らせしている通り、23日にはH6、翌24日にH4の運輸省試験が実施されており、その後異例の早さでの、デビューです。運輸省からKFW及びHolecACの使用停止令(転用改造のため)が出ており、9月17日をもってKFW, HolecAC(既に離脱済み)が全車離脱しており、8連の運用が切迫していたために、迅速に営業許可が交付されたものと、思われます。前回の社内試験時の様子では、冷房の整備も終っていないようでしたし、加速度も横浜線時代のままでしたから、チェック事項の一部は目をつぶって誤魔化している可能性が大きいでしょう。まあそういうお国柄です。

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一足先に運用開始したH4

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初日はFeeder運用に充当されたH6(肝心なときに、ホント影るよね・・・)

8連運用の切迫に対しては、ハエ7も8連化し、不足分をカバーしていますが、同時に10連の予備車もない状況で1週間乗り切りましたが、23日(おそらく)にはハエ18が、そして25日、ハエ32もようやくデビューを果たしています。2013年度分最終組と2014年度分の初回組が同時デビューとはなんとも・・・。なお、このハエ32のデビューをもって2013年度譲渡分、全編成(ハエ30を除く)が運用入りしたことになります。運用開始に向けて奔走した関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。 ハエ18の一部のDCDCコンバターが故障しているとのことでしたが、ハエ7ないし、ハエ31のサハ204から供給を受けたのでしょう。

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暮れなずむBogor駅に停車中のハエ18。205系はすっかりBogor線の顔に。

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小窓10連、ハエ32。小窓はやはりカーブで撮らないとダメですね・・・

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毎度毎度の証拠写真・・・

そういえば、これまでハエ32を元祖山手線編成と、こちらで書いてきましたが、実は大きな語弊がありまして、恐縮の限りです・・・。

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ハエ32のサハ205って編成組み換えで、大窓になってるんですね;;

ですから、オール小窓を望むにはハエ30の復帰を待つしかないのか・・・。

205が立て続けにデビューしている中、東急車にも再変化が。

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この画像を見て、ピンと来た人はかなりのジャカルタ通と見えます

さあ、おわかりでしょうか。何かが変なのです、この画像。8039Fにご注目。

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折り返しを撮影。なんの変哲もない8040側です

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問題の8039・・・

もうおわかりですね。なんと8039Fの8039号車が8007Fの8007号と差し替え・・・。しかも改番を実施・・・。伝説の編成として、東急車の中でも群を抜いて人気の高かった8039Fですが、肝心の8039号が、実は8007号というニセモノに化けてしまいました。前回の8618Fの組み換え時には改番しなかったのに何故?? 一度改番してしまっては、もう二度と元のさよならリバイバル編成に戻ることはないでしょう。或いは、組み換え,改番が繰り返されてこそ、東急車の辿るべき運命と見るべきなのか・・・。なお、この組み換えにあたっては、8039号のMGないし、SIVに不具合があった模様です。8007Fがちょうど、簡易検査入場していたため、差し替えが行われたようです。

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10月4日より、Tegal発着のCirebonEkspresはTegalBahariに列車名を変更します

話題は変わりますが、ガチャガチャ編成萌えの、CirebonEkspresの画像を。上記の通り、Tegal直通列車の列車名が変わるそうです。といって、こういう編成が見納めになるということもないとは思いますが。Cirebon発着はそのまま残りますし。

さて、待望のハマ線205がデビューしましたが、基本的にコタ発着の運用は埼京編成が占めているため、横浜線編成は圧倒的に環状線直通に入る確立が高し・・・。ですから、やりようによってはMannggaraiで撮って、Jatinegara側に先回りで、二度美味しい撮り方もないわけではないですが、運良く捕まえられれば良いと、稼働2本の現状では、撮りづらい編成になっています。もっとも半年も経てば、埼京編成同様、これしか来なくなる可能性が非常に高いのですけど;;

そんなわけで、この週末、せっかくH6がFeederに入っていましたし、H4もDepok発Duri行きでちょうど来る気配でしたので、線路市場と205を撮ってやろうと意気込みDuriへ。

が、なんと・・・。車内から見て、なんとなく嫌な感じがしたのですが、三度目?の全面撤去ですよ・・・。

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あ~、お上からのお達しが・・・

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使えないセキュリティーが見張っています

これまでも、取り締まっては再興し、また追い出されと、イタチごっこ状態だったDuriの線路市場、過去には催涙砲が飛び交う大暴動にも発展しましたが、ここに来て、またまた締め出しがかかりました。大暴動の後、平日の営業はなくなり、基本的に週末のみという形で、半ば黙認されている状態でしたが、この日の朝、突如軍関係者が現れ、撤収を命じた模様です。その後も、軍の犬であるセキュリティーが張り付いており、Duriのスタバ店主曰く、あいつら、いきなり現れてはIzinを出せ、Izin出せとしつこい。それしかしか言わねぇんだぜ、とのことです。観光客に対しても、露天商に対してもIzin出せしか言えない、低学歴丸出しのPKD。軍の権力にすがらなければ何も出来やしないくせに、調子乗ってんじゃねぇぞ。

一般乗客からもセキュリティーに対してはKCJに相当量のクレームが出ているようで、現セキュリティー会社との契約を切る計画もあるにはあるようです。といっても、会社変えたところで抜本的な対策にはならないと思いますが・・・。だいたいKAIの一部幹部と軍の癒着を断ち切らない限り、なにも変わらないでしょう。

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というわけで、露天がなくなってしまったDuri駅構内

大暴動の後は、人っ子一人見えず、燦々たる有様でしたが、今回、利用者はあれ?今日は露天が出てないのか?程度の認識であり、常設市場に出入りする客はこれまで通り、線路内を通行しています。しかし、空港連絡線がいよいよ着工した今、お上がこの状況を黙ってみているわけがなく、市場の線路口側の封鎖が実行され、1年以内に国家権力により、常設市場もろとも放火されるというのシナリオではないでしょうか。PasarSenenだって燃やされたのですから、目を付けられたらDuriなんて一瞬です。こう考えると近代国家に程遠いですよね・・・。

そんなわけで、全くDuriに来た意味がなくなってしまいましたが、とりあえずすぐにKampungBandanからの折り返しでH6が来るので、それだけ撮影。

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せめて最後に人々との絡みが撮れただけ、ラッキーだったのでしょうか

それにしても写真家先生は良いタイミングに来ましたね。線路市場の再興を願いたいものですが、流石に今度はないのでは、と見ております。

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仕様がないので、後追い。下町をゆく姿でも。

こんな状態では、H4を待つのも気が引け、撤収。ですのでH4はManggarai sajaです。

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環状線から下ってきたH4。既にデビュー時と方転しています;;

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シングルアーム、伸びきってますねぇ

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ちなみにFeederのもう1本は103系でした


おまけ
Cikaumの様子を列車内からウォッチングするため、久しぶりにGambir駅に降り立ちましたので、この週のネタ編成等を再撮影。

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ハエ22。編成札が付いていたので;;

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ハエ18

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ハエ32

いやぁ、しかしホント205、というかBekasi線の203含めてJR車しか来ませんでした;;それが数分おきにやってくる様は圧巻でした。しかもインドネシアの政治の中心、Gambirを通過してゆくというのは痛快の限り。KFWの離脱で、100%日本からの譲渡車が、一国の首都の通勤輸送を背負って立っているのですから、場所柄もあり、車両たちも誇らしげに見えました。

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国家独立記念塔のお膝元を離合する205。

なお、Gambiri駅では基本的にいくらパシャパシャ写真を撮っていようが、文句を言われることはないように見えます。インドネシアの陸の玄関口、外国人も多く利用する駅に、恥さらしを置くなんてことは出来ないのでしょう。その辺はKAIもちゃんと考えているわけです。

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俺の好きな日本車がいよいよジャカルタ制圧だぜ!Bagus!!

と、BKS乗務区の名物Masnis。やっぱりメトロ車が似合いますね(笑)
最後に内輪ネタですみません・・・。



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コメント

 こんばんは、連日連夜のプルワカルタ廃回やらマディウン送りやらのレポートに加えて、毎度のアツいマンガライレポートどうもお疲れ様です!
 いやはや本当に205ばかりですね……(滝汗)。1〜2年前の風景がますます遠い昔のように思えます。
 それにしても、8007と8039の差し替えには、ポカーンとし過ぎて顎が外れそうになりました……。ということは、8039が修理終了次第8007になるという理解で宜しいのでしょうか?!!

投稿: おっとっと | 2014年10月 6日 (月) 17時50分

こんばんは。

8007と8039の違い、私が見ても気づかないような気がします。この角度だと前照灯ケースと雨樋くらいですよね。

8039は輸出時点で東急車として唯一MGを搭載していたと思いますが、これだけやりくりされるともはやどこへ行ったか分かりませんね。

投稿: 丸太 | 2014年10月 6日 (月) 18時45分

<おっとっと様

ありがとうございます。当ブログ開設以来一番の忙しさだったと思います。本来更新すべきVol.108もすぐに作業にとりかかりますので、今しばらくお待ち下さい。

そうですね、8007Fが今後復帰するとなれば、8007号が元8039ということになるはずです。差し替えが頻発しており、撮影時に各号車までチェックしなければならなくなりました・・・。

投稿: パクアン急行 | 2014年10月 7日 (火) 01時20分

<丸太様

8039Fは投石防護網が黒色ですし、仰るとおり、前回出場時にはライトソケットが白塗装になったりしていますので、そのあたりが識別ポイントかと思います。しかし、言われて見なければわかりませんよね・・・。

8039FはMG搭載でしたか!SIVに比べて、MGの方が修復しやすいようですから、早期に運用復帰してくれることを期待したいですね。

投稿: パクアン急行 | 2014年10月 7日 (火) 01時25分

MGなのは8039号車だけで、同編成の8249号車はSIVですよ。

登場時は1次車が小型SIV3台のみ、2~4次車が小型SIV3台+MG1台で、1次車の冷房化に合わせて通常の2台体制に統一したため、2~4次車の1号車にMGが残りました。

なお、8000系の補助電源は4両分なので、大井町線出身の8202号車には輸出時点で小型SIVが残っています。

投稿: 丸太 | 2014年10月 7日 (火) 19時40分

<丸太様

毎度ご教示ありがとうございます。そういうカラクリでしたか。東急車は国内でも編成組み換えされていたりで、奥が深いですね・・・。

投稿: パクアン急行 | 2014年10月 8日 (水) 00時37分

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