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2014年10月29日 (水)

プルワカルタ&チカウム詣、2014年10月

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オフレールのときを待つ、6000系中間車

多忙につき、撮影したまま更新が出来ませんでしたが、立て続けの東葉1000/メトロ5000のPurwakarta廃回、そしてメトロ6000のCikaum廃回に合わせ、10月5日12日と、こちらも立て続けに訪問してきましたので、紹介します。1回目の1000/5000廃車の後、まさかすぐに再度設定されるとは思いもしなかったため、連続で足を延ばす羽目になってしまった次第。なお、Cikaum訪問は12日のみで、Purwakartaも、2回目の1000/5000廃回が到着した以外は、特に大きな動きはありませんでしたので、12日の見たまま視点で筆を進めますことをご了承下さい。

では、譲渡車の廃回後、初のPurwakartaウォッチング。

既にお知らせしている通り、直近の動きとして、9月26日に1098,1097,1068,1067及びK3-87104F、10月11日に5675,5247,1088,1087及びK3-86114Fが廃車回送されているわけですが、蓋を開けてみると、9月末までBalaiyasaManggaraiに留置されていた青色Holec他7両(前回更新http://krl-jabodetabek.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/1000purwakarta0.html#more の廃回データHolecの項、背景桃色になっている車両)も5日の訪問時点で既に山の一部となっており、9月30日~10月2日あたりに廃回されたものと思われます。

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Purwakartaに到着したばかりのK3-86114F

11日夜の廃車回送に乗ってしまうのが、一番手っ取り早かったのですが、生憎夜に会社の野暮用が入っており、翌朝のSerayu号で追っかけ。しかし、到着時にはすでに回送時の編成を解かれ、DjokoTingkirも返却された後でした。最近、Purwakartaでの作業ペースが上がっているため、構内留置せず、廃機関庫への引込み線に押し込まれてしまうのかと思いきや、今後しばらく廃車が出ないのか、構内に留置されたままでした。まぁ、とにかく、東葉/メトロを撮らないと・・・。

が、完全にRheostasticに隠されています・・・↓↓

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今回、冷房は撤去された状態で回送されたようですね。

仕方ないので、裏手に回りましょう。

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なんだかDepokで撮るのと同じような感じになってしまいましたね・・・

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オリジナル帯のまま、役目を終える東葉車

1000/5000の中間車はいずれこうなるのだろうと、初めから予想がついていましたので、特にコメントなしです・・・。

で、先に送られてきた東葉4両はというと、廃機関庫前の新たなお山の一部となっていました・・・。5日の訪問時で既にこの状態でしたので、到着後すぐに積み上げられてしまったのでしょう・・・。

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9月末から立て続けに送られた車両たちで、一つの山脈が形成・・・

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背景桃色だったHolecはこの辺にいます・・・

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旧塗装Hitachiは線路側の山脈に

なお、車番が不明だったHolec1両は上の画像上段右端の橙色先頭車でして、三段目のしかも、この位置では内部入り、車番を確認することは不能・・・。ただし、検査表記から、K3-2001204又はK3-2001206というところまでは絞込みが出来ました。

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線路側も着々と規模が大きくなっています・・・

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台車の山も、電車山脈に迫る勢い・・・

そういえば、以前転車台に無造作に打ち捨てられ、溢れ出していた台車ですが、いよいよ収拾がつかなくなったのか、今度は綺麗に積み上げられています。そのため、プールは空っぽになりました。

と、いうわけで一時は入山禁止となったPurwakarta富士ですが、再び山開きでございます。

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来年の初日の出はPurwakartaで決まり??

まあこの辺は自己責任でお願いします。一部の台車はグリスが無駄に塗ったくってあり、気をつけなければ真っ黒け。

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そしてついに、9月末までに積み上げられた車両は全て、23日付けで廃車認定のスタンプが押されました

この後解体という道に舵を切ることになるのか!?

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公道側に積み上げられていたHitachiは危険と判断されたのか、地面に下ろされました

しかし、柵は見事に破壊されていますねぇ・・・。一部はHitachiがへし折っちゃっているし。

特に大きな変化もなく、面白いものもなかったので、すぐにCikaumに移動。バス通りまでアンコタに乗り、Cikampek経由Bekasi行きの路線バスでCikampek高速出口へ。

しかし、今回はここでの接続が悪く、炎天下の下、40分近く待ちぼうけしてしまいました・・・。いや、前回がタイミングが良すぎたのでしょうな・・・。しかも来たら来たらで、満員で、途中まで立って行かざるを得ませんでした。

その後は前回の要領でCikaumへ。

JALITAのときと、だいぶ停車位置をずらして留置中のメトロ中間車8両。下の画像手前より、6833,6733,6834,6734・6907,6812,6712,6807となっていました。

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後期車と二段窓車で上手く二分されています。しかし後期車の廃車はとにかくもったいない・・・。

まずは、駅事務室に撮影の旨を伝えに行くのですが、なんと、そこには懐かしの顔が。

通人の方々なら、すぐにお分かりとは思いますが、Rheostaticの時代からジャカルタ圏の電車メンテナンスの最前線に立たれてきた大御所が、ここCikaumの部品取りの現場監督者として派遣されていたのです。前述の通り、電車の整備を一手に引き受けていた氏ですが、2013年夏頃に突如、第一事業部から、電車とは縁も縁もない第三事業部に異動なさっており、バンドン本社ならともかく、なんだか変だなと思ってはいたのですが、そこには予想よりもはるかに生々しい実情がありました。

そして、現在のKCJの内情・・・、まあ大よそ想像の範疇、しかし、現場の第一人者の口から告げられる一言一句は非常に重く、KCJへの不信感は最高潮に達しました。当方、しばらく腹の虫がおさまりそうにないですので、以下に要約します。

・現場と本社の軋轢、JALITA復旧は叶わぬ夢

現場総出で復旧作業が行われた、2012年10月の05-107Fの脱線事故、実はあの影でKCJ本社は当該乗務員を即時解雇。脱線原因はレールの整備不良は確実(保線は運輸省の管轄です)であり、現場サイドでは乗務員解雇を不当とし本社に申し入れ、氏も本社と交渉に臨んだとのことだが、曰く、思えばここから全て始まっていたのではないかと。そして長らく懸案であったJALITAの復旧案件。実際、図面まで完成しており(拝見させていただきました)、後は予算さえ通ればというところの折衝で、本社から出た総スカン。ここでの論争が決定打となり、氏の第二事業部異動、事実上の左遷が確定。聞けば、ジョーナン体制になってからというものの、年々メンテナンス予算は減額。今や従来の50%というじゃないですか。有り得ません。

・DjokoVision,8604F復旧は氏のお手柄、そして7117F,6106F,6107FのMG移設はギリギリ間に合った

氏はメンテナンスの現場で数少ないパワー半導体技術を専攻で学んできた技術者。ですから、これまで頻発する補助電源系のトラブルに、なんとか対応できたのも氏の功績。特に一時致命的な故障に陥っていた5000系66F(DjokoVison)や、8604FもDepok電車区謹製の備品を装着し、復旧を果たしている。そして、登場時には様々な憶測が飛び出した103系,203系からメトロ車へのMG捻出。奇想天外な発想、これも氏のアイディアであり、動作保証は俺がする!とのこと。しかしながら、計画半ばまで進んだ05-107Fの復旧は中断・・・。そして氏を失った今や、6112F,6113Fの復旧は絶望的。KCJは重要な人材を、自ら失ったのです。

・Ekonomiの廃止は寝耳に水、ネガティブキャンペーンを張る本社陣営

現場はEkonomiの廃止なんて聞いていなかった。だから、Djokolelono1の自動ドアも復活させ、廃止直前まで、Rheostaticの検査を通していた。にも関わらず、故障が多いという理由で、Ekonomiを強行的に廃止した。本社が発表するRheostaticの不具合発生件数はでっち上げだ。本社の人間は大嘘つき。そしてKCJの制服を着て、本社に尻尾振っている現場の人間も同罪だ、とのことです・・・。今思えば、第二事業部に異動してよかった、今は悠悠自適な生活が遅れるよ、と。

・電車区のKCJ直轄化の功罪

今年1月1日から、電車区の人間もKCJの制服を着るようになった。それはさっき言ったとおり。しかし、今KCJ本社は壁に直面している。なぜなら、今までは車両が故障したら、全部KAIにクレームを出して、責任を押し付けることが出来た。でも今は自分の会社の不備を責めることになるから、それが出来なくなってしまった。だから、本社は困っていると思うよ、と。そしてトリ(KCJ社長)はなんの手腕もない、傀儡。そりゃ、そうだ、たかが営業屋集団、車両のメンテナンスなんて門外漢の人たちが、電車区の面倒を見切れるわけがありません。で、実情とはかけ離れた、部品の発注なんかをやるわけです。直轄化で、電車区の保守レベルも下がっているのでしょう。

・そしてついに、大量廃車の時代が到来

現場としては最後までRheostaticの冷房化を推していた。当然、205系も投入されるが、それでも車両は足りないから、ステンレス車を中心にRheostaticも引き続き使用する。しかし、もはや聞く耳持たず。全廃車が決定した。そして、ついに譲渡車両からの廃車まで断行した。私は悲しい、だって、6000系なんてまだジャカルタに来て1年、2年でしょう。まだ走れる、そしてこれはこれまでの現場の努力を踏みにじる行為。何故、本社はスペアパーツを買わないのか。と語気を強めて仰いました。そして、出来ることなら、廃車車両の部品取りなんて作業に従事したくはない、と。

なお、以上はあくまでも個人的な見解であることをご承知置き下さい。

もっとも、最近は日本のメディアへの露出も多くなっているKCJですが、こういう実情もあるということです。あんなのは所詮表向きの顔に過ぎません。少なくとも、1両たりとも無駄にしないという、かつての心意気は消えてしまい、いい意味ではシステマティックな鉄道会社になったとも言えましょうが、官僚的な冷たい会社になりました。同時に、ここ最近の動きを見ていれば、車両を譲ってくれてありがとう、という日本への感謝の気持ちを到底感じられず、逆に日本だったら譲ってくれて当然という態度を取られると、本当にインドネシアとのお付き合いをやめてやろうかとも思います。まあこればかりは、宗教観念の話になってしまいますので、これ以上追究するのはやめにしますが。

ともあれ、美化されている情報に吊られて、安易な考えでジャカルタに乗り込んでくると、痛い目見ますよってことですな。

さてさて、Cikaumの話に戻しましょう。頭の痛くなる話ばかりしても、あれですし。

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部品取り真っ最中

JALITAのときは、既にDepokで部品が外されていたため、ここでの部品取りは、ひっそりとしたものでしたが、今回は作業員総出で、本格的な取り外しが行われていました。冷房装置こそ、すでに部品取りに供されていますが、それ以外の機器は案外まだ残っていたりするのですね。しかし、それらは全て撤去され、後日Manggaraiに返送。そして車体だけになった車両は、後日、吊り上げられ、地面に打ち捨てられるのです。

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地面に移動されたダルマ状態になったJALITAと・・・

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まだ部品取りが行われていない6733~6834

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嗚呼、JALITA・・・・

今回の目的はメトロ車の様子のウォッチングでしたが、やはり気になってしまうのがJALITAのその後。まあ、予想通りの展開で、地面に鎮座しておりました。メトロ車が、今後この上に置かれてしまうのか気になるところですが、先頭はスカートがそのままになっており、傾いてしまっていますから、この上に置くのは危険ではないかと思われます。なお、廃車置場の周囲には、Purwakartaと同じ、フェンスが建設されつつありました。いずれ、中間予備車他でこの場所もいいっぱいになる日が来るのでしょう。日本人としては受け入れがたい事実ですが、こうなった以上は受け入れるしかありません。後ろを振り返る暇はありません。常に先を見据え、今を生きる、それがジャカルタ鉄の流儀なのでしょう。感傷に浸る余裕なんて与えてくれません。

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廃車体はやっぱり地元の若者のたまり場に。

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東急の台車はDeppkに戻さないようですね・・・。いざ、何か起きたときに大丈夫なのか?

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二段窓の6907~6807側。最後のオンレール姿。

まずは機器の取り外しが終ったこちら側から、明日吊り上げが実施されるとのことでした。なお、吊り上げ時間帯は、本線を線路封鎖の処置を取るそうです。既報の通り、先週24日には、新たに6713-6911-6811-6805-6827-6727-6823- 6723がCikaumに廃車回送されており、既にこれら全ての6000系は地面に移動していることでしょう。

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Manggaraiに送り返されるコンデンサー

廃車になってしまったものは、もはや覆りませんから、取り外された予備部品がジャカルタに戻り、この廃車を無駄にせず、運用中の編成をスペアパーツとして、少しでも長く支えてゆくことを願って止みません。

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コメント

非冷房車のみならず、部品取りのためなのか、譲渡車両まで廃車になるとは・・・
非冷房車も車齢が高いRheostaticはともかく、Holecの大半やHitachiまで廃車とは勿体ないですね
氏が左遷されてから修理や改造技術が落ちたのか、修理や改造に手間がかかる車両は廃車の方針に転換したのか・・・
この様子だと05系ですら07編成あたりが危ないかもしれないですね。

投稿: NaCl | 2014年11月 5日 (水) 01時05分

<NaCl様

そうですね。仰るとおり、05-107Fの復旧計画は頓挫しました。205系の留置場所確保とは直接関係のないBalaiyasa留置ですので、当分動きなしでしょうけど、いずれCikamum送りになるでしょう。 なんとも残念な話です・・・。

投稿: パクアン急行 | 2014年11月 5日 (水) 03時44分

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