« 週刊マンガライレポートVol.96 | トップページ | 週刊マンガライレポートVol.97 »

2014年7月13日 (日)

H21,24,4,6 Yokoso!TanjungPriok!(7月12日)

Dsc_0502_r
2014年度譲渡分、第一陣が着岸!

12日早朝、去る6月26日に205系32両を積載し、新潟東港を出港していた貨物船がTanjungPriok港に着岸。いよいよ横浜線もジャカルタ入り。まさにこの日を待っていた!!

Dsc_0342_r
ジャカルタ向け輸送としては久々の甲板積み!!

周知の通り、7月9日には大統領選が実施され、その影響で港湾機能が停止。さらにレバラン向けの貨物扱い量の増加で港湾内は船もトラックも大渋滞!!3日越しでの入港となりました。長かった・・・。レバランを前に、溜まりつつある怪社の仕事もそこそこにタクシーに飛び乗り、TanjungPriokへ。3月の埼京線180両目以来、久々の夜遊びです(笑)

いつもの埠頭に着くと、御なじみのフォッファーもどきのトレーラーがスタンバイしており、今回も港湾荷役は同じメンバーがやる模様。いつもの変な日本人がまた来たよ、と温かく迎えていただきました。既に丸3日の遅延ですが、今度こそは港湾からの入港情報通り、接岸するようですね。

そして予定通り、0時過ぎ、いよいよ205系を積んだ船が入港してきました。

Dsc_0344_r
形態からしてサハっぽいですが、どのような順序で下ろすのか気になるところ

この後、通例通り、税関職員が乗り込み、作業はしばらく始まりませんが、やはり第一陣ですから、入港から撮りたいよね・・・。前夜も、一応確認のためプリオク入りしており、ロクに寝ておらず、港でしばしお昼寝。1時間程経過したのでしょうか、可動式の甲板が開く音を目覚ましに、いよいよ活動開始です。さあ、どの車両から降ろされるのかな。

Dsc_0386_r
今回も横5列にびっしりと車両が入っています

そしてやっぱり気になるのが、甲板のブルーシート。中身はわかってても、やっぱり興味津々。ミャンマー向けも、フィリピン向けも甲板まで載せるのが基本的だと思いますが、電車は別格。よほどのことがないと甲板には載せません。潮風に当たればそれだけ痛みますから・・・。それも考慮してか、或いは重量の問題かは知りませんが、甲板にいたのはH21編成のサハ204とサハ205。32両という中途半端な数なので、まあ仕方ないといえばそれまでです。

Dsc_0397_r
シートを剥ぐと、中から・・・

Dsc_0421_2_r
一応、養生もされていますが大丈夫かな?

一通り観察して、下船。第一号ですので、ここは下からお出迎えでしょう。寝ぼけ眼を擦りつつ、待つことしばし。時刻は既に2時半を回っていましたが、いよいよ横浜線ジャカルタ上陸第一号が水切り!!

Dsc_0505_r
Selamat datang TanjungPriok !!

神奈川県民、長年の悲願が今ここに(爆)
横浜線車両の新たな門出に乾杯。これからは都心のど真ん中を走ります。
おや?しかし編成札が当初からなくなっていますね・・・。新津配給時までは着いていたはずですから、Jトレ新津製作所内で外してしまったのか。まあ現地での使用状況を見れば、外しておいた方が無難なのかもしれませんが。陸送時の画像を見ればいつ外したかはわかるでしょう。

Dsc_0532_r
とりあえず、ジャカルタ入り第一号となったH21編成クハ205‐81を追っかけレポート

Dsc_0600_r
トラックに載せかえ、一路Pasoso駅へ

Dsc_0638_r
港湾内渋滞中・・・

Dsc_0645_r
しかし渋滞のため、ラクラク追いつきました;;

Dsc_0026_r
Pasoso着。DjokoTingkirがお迎えに来るまでしばしの休止。

とっくにDjokoTingkirはBukiutDuriを出発していたはずなのですが、貨物列車の入れ替えのためか、まだ到着していませんでした。そうこうしているうちに、2両目(7号車)モハ205-221を積載したトレーラーも到着。こりゃ、一旦直置きか?と思っていましたが、ほどなくしてDjokoTingkirが登場。BukitDuriの百戦錬磨の戦士たちがゾロゾロ降りてきました。というわけで、さっそくオンレール作業開始。

Dsc_0117_r
そしてインドネシアのレールへ!!新津を発って約1ヶ月ぶりの鉄路。

Dsc_0167_r
Pasoso名物、人力移動

Dsc_0176_r
DjokoTingkirによる洗礼。これでジャカルタの車両の仲間入り。

Dsc_0028_r
シッピングマーク。輸送会社が変わったため、書式も変更。

そうそう、既にお気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、今回の輸送ではシッピングマークこそついていますが、これまで慣例だった「1F/1R」の車番表示がありません。逆に、各貫通路及び運転台窓に、無駄といっていいほど編成番号が貼ってあります。ミスが出なければいいのですが、次に出す車両を探すのも、Pasosoでの組成も、何かと苦労が絶えなかったようですね。

Dsc_0205_r
間髪入れずに7号車もオンレール

Dsc_0234_r
7号車も人力移動で、8号車に連結

Dsc_0239_r
この先もこの調子で運ばれてくれば朝までに8両組成出来るか?と思いましたがこの状態で一旦作業は停止

KCJ公式広報Eva嬢もひょっこり現れ、元BOO電車区のS氏も交え、しばしの鉄道談話。南武は果たして来るのかねぇ??

Dsc_0276_r
さて、空も薄ら明るくなる頃6号車が到着

港湾内渋滞も鑑みて、このトレーラーの返空で再度埠頭へ。なんだかんだで1時間弱埠頭までかかってしまいましたが、良い仮眠時間になりました。時刻は既に6時を回っておりました。

Dsc_0296_r
渋滞にはまっている間に、モハユニットがPasosoへ向かったようですね

Dsc_0330_r
と、いうわけでお目当ての6ドア水切り

予想では編成順通り、サハ205-141も既に陸送されるだろうと思っていたのですが、また甲板上にあり、こりゃ6ドアは後回しかとも思えたのですが、埠頭側に載っていた6ドアが先に吊りあがりました。とりあえずPasosoのスタッフに、全然組成順に送られていないから注意した方が良いとSMSを打っておきます。まあ横浜線の組成順序くらい熟知しているとは思いますが。

Dsc_0351_r
サハ204-100番台車もジャカルタ上陸!!

さて、朝まで港湾内の渋滞は解消せず、悪化の一途・・・。いや、こんなの初めてですよ。やはりレバランに備えた物流量の増加が影響しているのでしょう。生憎、当方もその影響で残務処理に一旦怪社に向かわねば成らず、そろそろ時間的にきわどくなってきましたので、6ドアの発送を見送って、一時戦線離脱。

Dsc_0399_r
埠頭出口。この先にっちもさっちも進まず・・・

で、ここからは毎度お馴染みAdam氏にバトンタッチ。丁度このときにPasosoに到着されたとのことでナイスタイミング。流石です::

そんなわけで続きをそのままどうぞ。ちなみに画像は既にAdam氏がツイッターで上げており、ご存知の方も多いでしょう。当方のしがないブログと違って大反響みたいですねぇ。

Dsc_2567_r
さっきの6ドア車、サハ204-121

埠頭出口から、20~30分かかったみたいですね。そしてここまで8,7,6,4,3,2号車の順で陸送されているから、ここからの作業もやや時間がかかりそうですね。流石に組成後人力で動かすのには無理があるでしょうし。

Dsc_2573_r
続いて5号車

同じ甲板上からなので、すぐにやってきたようです。

Dsc_2587_r
編成に挟み込む形でオンレール

しかしながらツボを押さえた画像で大変助かります。いつもありがとうございます。
そしてそんな頃、1号車クハは渋滞にドハマり中。

Dsc_2596_r
なんともシュールな・・・

Dsc_2614_r
ようやくPasoso駅へ

Dsc_2627_r
バリバリ順光の中でのオンレール。羨ましい。

Dsc_2641_r
組成完了、時刻は8時。作業開始から5時間、まあこんなもんか。

同じ船室でクハ204-81と隣同士だったクハ205-84も、後続で到着。このあたりはなかなかいいペースでした。

Dsc_2647_r
まだこの時点では編成の向きも統一されています

Dsc_2653_r
H24編成の作業のため、H21は釜の到着まで3番線(?)へ移動。


Dsc_2657_r
H21の脇でH24の搬入作業が開始。なかなかおいしい展開です。

Dsc_2659_r
オンレール

Dsc_2663_r
DjokoTingkirも再度転線しクハ205-84をお迎えに

この後も着々と、H24の搬入が進んでいたようです。またH21を牽引するCC201がJatinegaraから到着。1本目はManggaraiまでの配給です。

Dsc_2681_r
赤スカート釜が登板

アダム氏の計画では1発目はTanjungPriok界隈で撮影、2本目は先回りして環状線内かManggaraiあたりでという目論みだったようで、予定通り1発目はPasoso~TanjungPriok構内の定番地位での撮影。結局自分は前回埼京の編成をここで撮ることが出来ずに終りましたね・・・。今回こそは私もここでリベンジを果たしたいところ。

Dsc_2710_r
駅前踏切を渡り、いよいよ“併用軌道”区間に入ってきた配給列車

Dsc_2722_r
いやぁ、正に思い描いていた通りの画で脱帽です・・・

Dsc_2725_r
TanjungPriok構内へ向けて徐々にスピードを上げて行く列車。この先追いつけそうで、追いつけないんですね、人間の足では。

この後、Adam氏は再度Pasosoに戻ったそうなのですが、ここで問題発生。埠頭からPasosoまでの陸送がここに来てパタリと止まってしまったとのこと。思うに、H24の4両までがH21と同じ船室に入っていましたので、そこまで輸送され、鉄板の入替作業に入ってしまったものと推測されます。が、それが夕方になっても動きなし。一体この間に何が起きていたのかは謎ですが、ともあれAdam氏、お疲れ様でした。

作業が止まった理由としては、①何らかの不具合で鉄板作業が出来なかった。②プアサ中の港湾作業員が長い休憩に入ってしまった。③午後に降った局地的な雨。④積載順序がおかしくて、水切りの順序でトラブルになった。そんなところでしょう。④だったら最低ですよね・・・。

というわけで、せっかく期待していたアメロコ牽引の走行画像はなし。そして未だにH24がまだ組成されていないとの報を受け、仕事上がりに再度Pasosoへ。

Dsc_0514_r
ってまだ4両??遅すぎじゃない?

そして何故か3本目となるH4のモハ205-187が1両ポツンと・・・。一体どんな順序で出しているんだ(or載せたんだ)と聞きたくなります。

Dsc_0412_r
こりゃ、H24でJatinegaraに行こうなんて目論みも崩れ去ったな・・・

Dsc_0504_r
H4といえば貴重な日車製の205系。プレートが撮影出来ただけでも良しとしましょう。

Dsc_0421_r
そして続いてやってきたのはまたしてもH4編成の6号車。

明日までここで寝るという選択肢もあるにはあったのですが、運悪く日曜日、午前中来客のお世話をせねばならぬという事情もあり断念。もっともすでに起床から40時間を越えており、このままここで寝て、撮影を継続していたらドブにMasukしていたやもしれず、仕事が入っていて救われたのかもしれません。そういうことにしておきます。

Dsc_0507_r
中間車との連結はなかなか見れなそうなので、記念に撮っておく

この後は再度合流していた落花生。様とGondandia駅近くのドイツ料理屋で打ち上げ。もうお互いヘロヘロでした。

なおH24は翌朝6時頃Pasosoを出発したそうで、撮れないことはなかったのですが、流石に体が言うことを聞いてくれませんでした。残念。そしてH4も昼前には出発。この編成から行き先がBalaiyasaからDepokになりました。是非ともBogor線内で撮りたいところでしたが、仕事はサボれず臥薪嘗胆。だってまだH6がありますから!

というわけで最後の賭けで、最寄の駅へ。アナウンサーのお姉さんに聞くと、「緑の205なら1本は通過したけど2本目はまだよ」と言われたので、すれ違ってしまっては最悪ですからDepokへ足を進めます。

どうせなら、何発も撃ちたいので、Depok駅からDepok電車区への入場シーンを収めることにします。整いすぎていてインドネシアらしからぬ雰囲気ではありますが、初陣最終編成の電車区への入場を見届けたいと思います。

生憎の曇り空でしたので、なんとか光量があるうちに来てくれよと願っていましたが、30分ほどで、今度の電車は回送電車ですとの放送が。バテバテ状態でしたが、気合で乗り切ります。そしていよいよお目当てが。丸2日に及ぶ長い戦いもクライマックスです。

Dsc_0045_r
DjokoTingkir牽引だとどうも205が目立たない・・・

ガキんちょがいるのは気にしないでくださいね。インドネシアだからと割り切って下さい。どうやら撮影しているようですし。どっちにしろ逆光だしね。

アメロコ牽引でないのなら、本命はやっぱり後撃ちでしょう。だからこそ、本来ならインドネシアらしい光景が広がるエリアで撮るのが一番なんでしょうけど。

Dsc_0076_r
が、まさかの被り?

いや、接近しているのは東急だ!!しかも8000!!これがメトロとかだったら、あちゃーとなるところですが、災い転じて福と為す。桜木町~横浜間で地味なデットヒート(?)を繰り広げた両者がここにて運命の再会。神奈川人にとって最高のサプライズ♪

Dsc_0089_r
これからは同僚として共に働く8000と205。これぞインドネシアマジック。

Dsc_0101_r
新津のゲートかよ?と言われそうな風景ですが、Depokへ入場するH6編成

う~ん、でも二度とこのカラーでここから出てこないと思うと、一抹の寂しさも感じます。1988年のデビュー以来毎日のようにお世話になってきた車両だけに、様々な思い出が蘇ります。もう国内ではだいぶ草臥れた存在でしたが、Depokでピカピカに磨き上げられ、加速もちょっぴり良くなって、営業線に再び戻ってくることを心待ちにしています。

Dsc_0111_r
入場ゲートでKFWと並び

Dsc_0119_r
ゆっくりと電車区へ入ってゆく205系。ありがとう&さようなら横浜線205。

Dsc_0149_r
橋の上から。既にDjokoTingkirは切り離され、先に配給されたH4と並んでいました。

7月13日16時、初回全編成の搬入終了。関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。この後はAdam氏を招き、Depok駅前でブカプアサ。

ですが、本当の苦難はここからです。車両輸送会社の責任範囲は運用開始まで。航送中に不具合が生じた箇所は直ちに復旧させ、場合によっては部品を調達し、技術指導も生じます。今回の輸送担当は信頼と実績のJ社ではありません。価格しか見ないインドネシア式の安易な入札制度の下に落札されたD社がどこまでやれるのか。まずはお手並み拝見といったところでしょうか。契約した以上、責務は全うしてもらわねば困ります。

|

« 週刊マンガライレポートVol.96 | トップページ | 週刊マンガライレポートVol.97 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、毎度の熱烈取材お疲れ様です!
いや〜ついに来ましたね、この時が!
長津田で互いに睨みを効かせていた8500と205が同僚になる日が! (笑)
田都ユーザー・神奈川県民にとって誠に感慨深いことです♪
詳報を引き続き楽しみにしております!!

投稿: おっとっと | 2014年7月13日 (日) 11時18分

深夜の追っかけ取材お疲れさまですm(__)m
長年の横浜線ユーザーとしていつも生活と共にあった車両がジャカルタの地に第2の職場を得てその第一歩を記した事に感慨深いものがあります。仕事で共にしたメトロ6000系に続き生活と共にあった横浜線205系の就役。ますますジャカルタが身近に感じそうです(笑)。

投稿: 台鐡武士 | 2014年7月13日 (日) 17時38分

こんばんは。いよいよ、横浜線用もインドネシア上陸しましたか。今後、南武線用も譲渡が決まればまだまだ面白くなると思いますが、仮に205系が終われば今後日本の中古車両の譲渡がどうなるのか、そこが気になります。また東急8500系が譲渡再開されるか、それとも別会社の車両になるのか、今後の展開が目が離せません。

投稿: 尾崎俊史 | 2014年7月13日 (日) 20時45分

初めてコメントさせて頂きます。

こんばんは。いつもジャカルタの鉄道情報を楽しみに拝見させて頂いております。はまりんです。宜しくお願い致します。

いよいよ横浜線205系第一譲渡組が到着しましたか!
長年横浜線205系に乗車した私にとってはジャカルタでの第二の活躍を期待して欲しいと思っています。また、ますますインドネシアへ行ってみたい国になりました。

今後ともパクアン急行様からの情報をお待ちしております。

投稿: はまりん | 2014年7月14日 (月) 19時47分

こんばんは、今回も深夜帯にも関わらず詳細なレポートお疲れ様でした。

一時は先行きがどうなるかと思われた横浜線の205系譲渡ですが、遂にジャカルタ入りが現実になりましたか!
これで、毎日のように桜木町〜横浜間と長津田で毎日顔を合わせていた東急車と再会することになったわけですが、まさか東アジアの地で同じ線路を走ることになるとは誰が想像出来たでしょうか・・・?
これだけ205系の大量投入が滞りなく進むと、ぼちぼち日本車同士の世代交代も始まりそうな予感で更に目が離せませんね。

投稿: 野津田車庫 | 2014年7月15日 (火) 01時14分

<おっとっと様

いやぁ、ついに来ましたよ。この時が!!おっとっと様と同じく、ジャカルタ鉄6年目を迎えようとしていますが、現地に赴くたびに地元横浜線車両がいつか海を渡る日は来ないか、いやJRのことだから無理な話かと、自問自答を繰り返していましたが、ついに願い適ったりです。今後の動きにも目が離せません。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月16日 (水) 04時21分

<台鐡武士

そうですよねぇ。やはり沿線民としてはただならぬ嬉しさです。1988年のデビュー以来、毎日のようにお世話になってきた車両に、これから先もまた異国の地で通勤にお世話になるとはなんとも不思議な気持ちでいっぱいです。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月16日 (水) 04時24分

<尾崎俊史

2016年までに1000両規模での車両調達を目指しているわけですから、目標達成しないにせよ、2016年までは何らかの車両が入るでしょうね。しかし、いい加減お上のガマンもならないでしょうから、今度こそ中古車両輸入が禁止になるのではと思います。しかしINKAは相変わらずのダメダメぶりですから、そうなったら、日本から新車導入の時代が到来するでしょう。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月16日 (水) 04時27分

<はまりん様

はじめまして。地元の車両が輸出されたとなると、1歩を踏み出す弾みになると思います。是非とも第二の人生を送る205系に会いに来てみてはいかがでしょうか。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月16日 (水) 04時30分

<野津田車庫様

いつもご覧頂ましてありがとうございます。沿線民として、単純に喜びを隠せない一方で、仰るとおり楽しみなのは東急勢との競演です。東急車は今後も205系と共にジャカルタの通勤輸送を支えることになるでしょう。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月16日 (水) 04時35分

大興奮の追跡取材お疲れさまでした。

地元の車両が上陸となればただ事ではない興奮察します。
前回埼京線の時に自分もそうでしたから・・・
やはり横浜線カラーもいいですね~
今現在、国内の疎開回送、配給追っかけていますので、
やがてジャカルタ配給も挑戦したいです!

投稿: Mr115 | 2014年7月16日 (水) 11時09分

<Mr.115様

仰るとおり、ただ事ではないですよ。ジャカルタ赴任して以来、この日を待ちわびていたといっても過言ではありません。入港から第一号の水切りが見れただけでも御の字です。次回は私も配給を環状線内で狙いたいところです!

投稿: パクアン急行 | 2014年7月17日 (木) 00時39分

はじめまして
井上様のブログによくコメントさせて頂いている者です。
さて第1陣が到着した今…次なる関心はこの205系も元埼京と同じように赤と黄色のKCJ色になるのかそれとも違った配色になるのかです。
今後も楽しみに拝見させて頂きますm(_ _)m

投稿: あさぎり | 2014年7月18日 (金) 20時05分

<あさぎり様

同じ色でしょうねぇ。10連と区別するために、微妙な差異は期待できるかもしれませんが・・・。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月19日 (土) 01時54分

お疲れ様でした。
当地横浜線も205少なくなりました。
色はご指摘のとおり埼京と同じですよね。
車両のやりくり考えたら

投稿: bireitor | 2014年7月30日 (水) 09時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1701705/56775278

この記事へのトラックバック一覧です: H21,24,4,6 Yokoso!TanjungPriok!(7月12日):

« 週刊マンガライレポートVol.96 | トップページ | 週刊マンガライレポートVol.97 »