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2014年7月 3日 (木)

プルワカルタ詣、2014年7月

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惜別、HITACHI・・・・・・

早いもので7月、もう今年もあと半分を残すのみになりました。しかし怒涛の勢いで変わりゆく鉄道風景、そんな中に身を投じていると、不思議なもので上半期の出来事が遠い過去のように感じられ、あと半年も残っているのかよ、というのが正直なところです(爆)205系なんて、真新しいものでもなんでもなく、当然のようにある車両になりつつあります、私の感覚では・・・。というわけで、この前やったばっかじゃないかというツッコミはご遠慮いただいて、7月になりましたので、再度プルワカルタウォッチング。ガラクタ公園に新たな仲間が。

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今朝もSerayu号の客となり一路Purwakartaへ。赤スカート釜が急増中!

既報の通り、前回のPuriwakarta詣での直後に初のHitachiの廃車回送が実施されており、タイミングを間違えたか!と悔いていましたが、折りしもPasundan号脱線事故の影響で、クレーン車が事故現場に借り出され、作業は中断。幸い、オンレール状態のHitachiになんとか間に合いました。

但し、なんだかここ最近、Purwakartaの撮影にも何かとうるさくなっていると聞いていましたので、列車が停車中にささっと撮影して、車両裏に隠れる魂胆でいましたが、貨物列車が停車中。まあこればっかりは仕方ないですね。

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ついにPurwakarta送りになったHitachi、97210F

常時、2本を併結した1本がBekasi線Ekonomi専用編成で稼動していましたが、この97201Fは予備編成の如く長らくBukitDuri電車区に留置されていました。2010年以降実施された新塗装になっていますので、2012年頃まで活躍していたものと思われますが、当方がジャカルタにやってきてからは、一度も稼動しているのを確認していませんでした。というか、車番プレートを見れば一目瞭然じゃないか、というわけで最終全検はやはり2010年、5月31日。このブログを始めたときには既に検査切れだったというわけですな。ただいつの間にか窓が全て外され、床下機器もほとんど無い状態になっていました。以前BukitDuriで見たときには残っていたはずなのですが・・・。部品は一体何処へ。もっともここに送られた以上、どっちにしと床下機器はもぎ取られてしまうのですし、もはやどうでも良い話です。

またこの編成の後部には最後まで活躍していた97202Fが。窓も機器も残ったままの状態でした。なおこの編成と長らくコンビを組んでいた97218Fは既に先頭車2両がManggarai駅構内の作業員詰所に転用されてしまったのは記憶に新しいところ。

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2013年4月末に検査切れということで

検査表記を見てみると、走行距離が短いことから、Ekonomi廃止までだいぶオーバーして運用されていたわけですが、一応8連DjokoLelono1とバトンタッチする形だったわけですね。まあ、あくまでも形式上で、最末期はDjokoLeono1と2本体制でした。

そしてHitachiの後ろには以前ゲート前に留置されていた青色Holecが。

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94214他、バラ4両

検査表記によると2008年にも検査を通っているようですが、あいにく当方は青いHolecの営業シーンを拝むことはありませんでした。また青いのは前2両だけで、後ろ2両は別編成のものが繋がっていました。

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後ろ2両は通常のオレンジ編成、98216

さて、一通り、新入りの編成を観察した後は、まだ例の貨物列車が発車しないので、いつもの要領で裏手へ回ってみると・・・。

なんと、プルワカルタアスれーるチック閉鎖のお知らせが。

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なんと、たった数週間で周囲に鉄板が張り巡らされていました・・・

なお、構内6番線に依然留置中。その編成も活用する形で、廃車体の山には近づかせないように対策が講じられていました。いやぁ、ある意味前回あのタイミングで訪問していて正解だったのかもしれません。しかし周囲は相変わらず生活道路ですので、柵に沿って1周してみることにします。

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柵は低いので、全く撮れなくなったということはないですね

でもこれでは難なので、最後の手段、空撮です(笑)

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証拠写真がてら、Hitachiが仲間入りの図

そういえば、機関庫への引込み線の草が刈られています。Hitachiがここに入ることを強く希望!!そして相変わらず大洪水なのが台車の池、もといターンテーブル跡。

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特に動きなし、第三造成地

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ただ所詮はインドネシアンクオリティ、柵に隙間はあるわけで、限られますが接近は可能です

さあ、1周してしまいましたが、貨物列車がまだ出発しないので、Hitachiにお名残乗車。使用されていなかった97210Fの方はだいぶ痛んでいました

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僅か15年強の活躍に幕・・・

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運転台より駅構内を臨む

ようやく貨物列車も出発する気配になりましたが、お暇なPKDがウロウロし始めましたので(やはりPuasa期間中、こんな田舎町でもいつもより数が多いです・・・)、駅のトイレに入るふりしてささっと撮影。それが冒頭の図です。

以下、Holec, Hitachi廃車回送データ。

・Holec
Holec_purwakarta_14juli

・Holecバラ8両(便宜上落成時の編成を表示しています)
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※背景灰:既に廃回済み 赤字:KRDI ACに転用 緑字:HolecACに転用
 青字:所在不明

・Hitachi
Hitachi_purwakarta14juli
※97218,97212はBalaiyasaにて廃車、詰所に転用

おまけ

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詰所になり、冷房化もされた97218,97212

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コメント

こんにちは〜。毎度のプルワカルタ・レポートお疲れ様です!
あっちゃ〜……ついに地元のガキ対策で柵が出来、PKDもしつこくウロウロするようになってしまいましたか……。
こりゃぁ、機関庫に通じる線路上に展示されない限り、余り行ってもしょうがないかな?と気がして来ました (汗
まずは、Hitachiの続報を期待しております〜。

投稿: おっとっと | 2014年7月 3日 (木) 17時11分

<おっとっと様

こんばんは。そうなんですよ、残念ながら・・・。
柵が出来たのはちょっと痛いです。

残るHitachiは長年Balaiyasaで朽ちてきた編成ですので、おそらく廃車回送されるでしょうから、今後も随時確認して行きます!

投稿: パクアン急行 | 2014年7月 4日 (金) 00時57分

ついにHitachiも廃車ですか。
車齢若いので勿体ないですが、非冷房なことが仇になってしまいましたね・・・途上国の列車の場合、必ずしも車齢が若いからといって状態が良いとは限らないのですが。
そういえば前回のコメント時に入力した覚え無いのに何故か本名が表示される事態が・・・

投稿: NaCl | 2014年7月 5日 (土) 12時22分

今晩は 何時も楽しく拝見しております
ステンレス製3扉車迄廃車ですか。勿体無いですね。扉を自動化させて冷房を搭載すれば未だ未だ使えたのに・・・
と、思いましたが「205系が埼京線から18編成来たし、更に横浜線からも21編成来るし、もう改造するのも面倒臭い。」と言う事になって廃車になってしまったのでしょうね。

投稿: いずみ中央 | 2014年7月 5日 (土) 20時37分

<Nacl様

そうですね、冷房さえ搭載してあれば、Hitachiはまだまだ生きながらえたでしょう。Hitachiの廃車は現場でも少なからず疑問の声があるようです。HolecACのようにリニューアルすればまだまだ使えたわけですが、Holecのように玉数があるわけでもないですし、最終的に稼動していたのは8両だけですから、わざわざこれだけに金かけて改造する気にもなれなかったのでしょう。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月 8日 (火) 04時15分

<いずみ中央様

仰るとおり、改造するより205系がこれだけ手に入るならそっちを買った方がお得という判断に至ったのでしょう。まあそれはそれで懸命な判断だとは思いますが、205系とほとんど車齢の変わらないステンレスRheostaticが廃車されてしまうというのは、未だに腑に落ちません・・・。

投稿: パクアン急行 | 2014年7月 8日 (火) 04時17分

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