« 週刊マンガライレポートVol.7 | トップページ | 6107F、オール女性専用車としてデビュー(10月01日) »

2012年10月 2日 (火)

6125Fインドネシア譲渡の軌跡

Dscf9290

今年の春先までは、国内でもまあそこそこ見られた6000系チョッパ車、しかし先日の6127Fの離脱でついに見納めになってしまいました。黄帯7000、幕車05と、共に形式消滅ではないためにひっそりと消えていったものですが、さすがに今回は最後とだけあって、良からぬ人たちが沸いたそうで。まあその陸送も全て終了しましたし、ここのところの更新ネタも6000続きでしたので、その締めくくりを先日出場しました6125Fで。

Cimg7933

2月中旬、某日。新木場検車区内で国内最後の自力走行へ。いきなりヘッドライトが点灯し、メトロ車特有のフォーンが寒空の下、響き渡ります。後輩たちに別れを告げているようで、この天気と相まってなんとも物悲しい雰囲気でした。

Dscf9832

先に陸送される6107Fを横目にCR内取り込まれます。この後、通電が切られ、次に再びパンタが上がるのはBukitDuri電車区なんだぁと、このときはしみじみと感じておりました。

Cimg8315

陸送待ちの間にはこんな顔合わせもありました。当然8108FはVVVF化のために新木場入りしているのですが、場合によっては8000系すら譲渡対象にもなりえていたわけで、何が命運をわけるかなんて、そのときにならないとホントわからないものですね。

Cimg8837

いよいよ旅立ちの日。この回は6107F,6123F,6125Fの計30両が共にインドネシアへ渡ったわけですが、ラストを務めたのが6125号以下5両でした。

Dscf0518

そして同日深夜、本厚木Pasosoまでの長い長い陸と海の旅が始まりました。例年まれに見る大量譲渡が実現しましたので、それを祝してネタでこんなフラッグを作ってみたり。戸袋部あたりにでも貼りたかったなぁ;;

Dscf0536

ちなみに私自身、陸送というものをこの回で初めて撮ったわけですが、まさかこの後自分までもが譲渡(笑)されてしまうとは夢にも思っておりませんでした。6127Fまで全てお見送り出来るだろうなんて考えていたら、まさか今度はお出迎えする方になるなんて。本当に人生も何が起こるかわからないってことですね。

共に新木場を発った30両たちは、しばし東京港での休息の後、ついに船出のときを迎えるのですが、今回は輸送船の関係で、1F/R~20F/Rまでが先発隊として送られることになりました。
537024_328341023894516_689703065_n

てっきり一気に運ぶのかと思いきや、6125Fを載せぬまま、船は4月6日夕刻出航。結局6125Fが東京を発ったのはその1ヵ月後の5月2日夕刻でした。GW真っ只中の為、当然私は用務のため、お見送りは出来ず。ただこのときの映像、某番組で放送されてましたよね。

その後5月15日にTanjungPriok着岸。実はこれ、異例のスピードで、なんらかの事情でEkspres便に載せたようです。しかしせっかくEkspresでジャカルタ入りしたにもかかわらず、Manggaraiの地にようやく落ち着けたのはさらにその数週間後でした。

で結局、私が7月にこの地に飛ばされることになったわけですが、そのときも準急本厚木幕もそのままに緑帯を誇示しており、なんとなくホっとしたのを覚えております。

Dsc_0322

またお会いしてしまいましたね・・・。車両側からしても、ナンダコイツはと思っていることでしょう(笑)

こうしてさらに時は経ち、最新ニュース欄でお伝えしたとおり、すっかり南国仕様のいでたちとなり、晴れて9月21日に再デビューと相成りました(営業開始はまだ先)。実はこの前の週に、O先輩があいさつ回りでBukitDuriに行かれるとのことを耳にし、写真をお願いしておりました。それを拝見するには、まだこれでは試運転は先だなという感じでしたので、ここにきて再び急ピッチで改造が進められていたというわけです。そのときの様子をちょっぴり紹介します。画像提供ありがとうございます!

Ax1p3481a
6025側はほぼ完成に近いようですが・・・

Ax1p3475a
6125側はまだまだ改造半ばといった様子。

が、この後1週間足らずで試運転が実施されたのです。ただこのときも多忙につき、私は怪社を離れることが出来ず、新木場搬出から追いかけてきた6125Fのハレの日を見ることが出来なかったのは痛恨の極みでありました。だが、捨てる神あれば拾う神あり(?)なんとリンクを頂いておりますKereta dan kucingのKucing様より試運転列車を激写したとの連絡が入り、画像を提供して頂きましたので紹介します。

Dsc_4948
真っ赤な姿に大変身!6125F。おなじみのKCJ標準色ですが、出来立てホヤホヤは違いますね~。しかもこれまたレアなへロヘロのBalaoyasaManggaraiの入出場線を行く~。ちなみに幕は相変わらず準急本厚木のまま。また前面車番も千代田時代の緑色が引き継がれています(結局黄色に塗り直されたのは6115Fと6126Fだけ)。これまたいいものを見せて頂きました。画像提供ありがとうございます。

さて、6125Fこのまま再びしばしの休眠に入り、営業開始をひたすら待つのでしょう。私としても半年以上に及んだ6125Fの追っかけも(最後の方は頂き物ばかりになってしまいましたが)、なんとか完遂することが出来、一息つけたところです。しかしながらオールKKW化のためBukitDuri再入場&早期営業入りを果す可能性も大であり、今後も注目の6125Fの動きであります。

なんで、そこまでコイツに拘るかって?そりゃ準急本厚木だからでしょう;;

|

« 週刊マンガライレポートVol.7 | トップページ | 6107F、オール女性専用車としてデビュー(10月01日) »

コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1701705/47257864

この記事へのトラックバック一覧です: 6125Fインドネシア譲渡の軌跡:

« 週刊マンガライレポートVol.7 | トップページ | 6107F、オール女性専用車としてデビュー(10月01日) »